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Chapter: 01
理想 Ideal

嗚呼、斑鳩が行く・・・・・・ 望まれることなく、浮き世から 捨てられし彼等を動かすもの。 それは、生きる意志を持つ者の 意地に他ならない。


(もう中学二年生なのに…部活にも入ってないし、趣味もないし、特技もない…わたしの中学生活って、これでおわっちゃうのかな)

最近、布団に入るといつもこのことを考える。

わたしの学校は中高一貫。だから、来年になっても高校受験のために特別勉強を頑張ったりしないといけないわけじゃない。

それが逆に、もどかしい。何もやることが、ないってことだから。

「みんなはどうして、テニスや書道に夢中になれるんだろう。」

真っ暗な天井に向かってつぶやいてみたけれど、答えが返ってくるはずもなく。

***

翌日も学校だ。足取りは重くても、いつものように8時15分にはいつもの席についていたことに、はっと気づく。

「ゆい、なんか眠そうだね」

親友のなぎさは、今日も元気そう。

「うーん、なんていうんだろ、人生に悩んでて」

「えっ、進路希望の紙、まだ出してないの?大分前じゃん、流石にそれはヤバいって」

「そういう事じゃないの!」

「そんじゃ、いったいどういう事なのさ?」

なぎさがいつもよくやる、「よくわからんな~」を意味するジェスチャー。英語の教科書のキャラクターの真似、らしい。

「みんな、どうして夢中になれるものがあるのかなぁって」

「はぁ?」

なぎさの少し太い眉が勢いよく動く。なぎさは、表情を出すのが、わたしと違ってすごく得意。

「わたし、帰宅部じゃない?」

「うん」

「部活動に入ってる人たちは、どうしてあんなに頑張れるのかなって」

はぁ、といった様子で、なぎさは肩をすくめる。

「成績が学年でいつも5本の指に入る優等生様からの余裕の煽りか〜?そんなの聞いたら、『どうしてそんなにコツコツ勉強できるの?』ってみーんなに言い返されるんじゃない?」

なぎさは両手を大きく広げ、「みんな」を表現している、と思う。

「だって、勉強はしないといけないものだし…」

しなしなした声になりながら。

「でも、部活動はそうじゃないじゃない?帰宅部でもいいわけだし…うちは中高一貫だから、内申点に響く、とかもないでしょ?」

「まぁ、そりゃね」

「それなのに、どうして、なんで、部活動に入るんだろう?」

なぎさが呆れた顔をしながら。

「そりゃ、やりたいからでしょ」

「それが、わからないの!」

ぜんぜんまともに取り合ってくれないなぎさにいらだって、柄にもなく、立ち上がってしまった…。すぐに席に戻る。

「そんな事で悩むのもクソマジメなゆいらしいなー」

なぎさはそんなことお構いなしに、わたしの頭をわしゃわしゃとなでる。

「そんな事って何!あと、クソマジメじゃないって!」

なぎさの手を振り払う。気が付けば、眠気はどこかへ吹っ飛んでいた。

「まぁまぁ。帰りにゲーセンいこ、遊んだらそんな悩み吹っ飛ぶって」

「そうかなぁ」

「そうそう。新しいプライズ入ったらしいよ」

「なぎさも、クレーンゲームが本当に好きだね」

「だってさ、ぬいぐるみとか、かわいいじゃん?」

うーん。

なんで、どうして。そんな言葉が、すらすら出てくるんだろう。

***

今日の授業は数学、現代文、英語、社会、体育、日本史。体育以外はどれも全部予習済みだったから、内容はすぐに理解できた。小テストもいくつかあったけれど、たぶん全問正解だと思う。

毎日新しい知識を学んでいるはずなのに、…毎日毎日、代わり映えがしない。…どうして?

***

あっという間に放課後。ホームルームを終えたクラスメイトたちは、散り散りになっていく。わたしは荷物をまとめ、一応もう一度チェック。そうしていると…

「ゆい、かえろー」

なぎさが教室の出口から呼んできた。

「うん」

わたしは鞄を閉じ、なぎさを追いかける。

***

ゲームセンターは、駅までの道の途中にある。うちの高校だけじゃなくて、ほかの高校の制服の子もよく見る。なぎさはたまに、ここの一階にあるクレーンやガチャガチャで遊ぶ。わたしはそれに、いつも何となく付き合う。

「わー!ネットで見た通り、めっちゃかわいー!」

なぎさが目を輝かせてクレーンゲームの中を覗いてた。

「…今日はいくら無駄遣いするの?」

なぎさは、ひょっとしてクレーンゲームにお小遣い全部使ってるんじゃないのかなぁってくらい、クレーンゲームが大好きだ。

「無駄遣いじゃないって!今日はね、300円!一発で行かせていただきます!」

指を3本たてて、笑顔で自信たっぷりな なぎさ。

「…それ、何度も聞いたよ~?」

首を傾げて、苦笑い。

「今度こそだー!」

なぎさは…すごく楽しそう。たしかに、一回で取れたら達成感?はあるかもだけど。

「よーし、早速行きますかー!コイン、投入!」

「横位置はこんなもんかな。奥の位置は…」

クレーンゲームの横に回って、クレーンの位置を確認するなぎさ。ここまで入念にチェックするのは、忘れ物とかうっかりミスが多いなぎさらしくなくて、なんだかちょっぴり面白い。

ゲームセンターにくると、わたしはいつもなぎさが遊んでいるのを隣で見ている。

「ああーーーー!あーーーー!!!!!なんでーー!!!!」

あはは、やっぱり一回じゃ無理だよね。なぎさは、早速次のコインのために財布を…

…あれ?

うしろを同じ制服の女の子が通り過ぎた気がする。さっと目を向けると…

(あれ…?あの長い髪…つばめさん?)

つばめさんは、わたしの1つ上、3年生。…生徒会長。成績はわたしなんかよりずっとすごくて、東大も確実なんじゃないかとも言われてるくらい。先生たちにも一目置かれてて、学校行事があるときは先生たちに頼りにされてるって聞いたことがある。

…そんな人が、どうしてゲームセンターに?たしかに、わたしの学校では、下校中のゲームセンターは、校則違反では…ない、のだけれど…。

つばめさんは、上り専用のエスカレーターで、二階へと上がっていく。

ん…?えっ…?二階…?

一度だけ行ったことがあるけれど、古いゲーム機?がたくさん並んでるフロアで、ちょっとタバコくさい、男の人がよくいる、薄暗いフロア。なおさら、分からない。

…も、もしかして…真面目で頼りになる生徒会長、つばめさんが、裏では、大人のおじさんと…?いや…そんなこと、あるはずないよね。あの生徒会長だもん。でも、…もし本当にそうだとしたら…見過ごせないよ。

そんな事あるわけないと思いながらも…わたしの足は、なぎささんの上ったエスカレーターに向かっていた。

***

二階は、一階と違って、昼間でも薄暗い。その暗い中に、ゲームの画面がたくさん並んで光っている。この暗い中ではどうしてもゲームの方に目が向くから、つばめさんがどこにいるのか分かりづらいけど…

(いた…)

赤い大きなゲーム機の前で、かばんを椅子の隣に置き、座っているつばめさんを見つけた。よかった…心配なさそう。でも、あのつばめさんが、ゲーム?…ふつうに遊んでるのかな?人は見かけによらないっていうし。

すこし悩んで、わたしはつばめさんには話しかけたりせず、後ろから見ることにした。周りにも、そんなふうに他の人のゲームを見ている人が何人か居たから。そうすればきっと、つばめさんにはバレないと思って。

(…あれ…なんで、わたしは隠れているんだろう…?もう隠れる理由なんかないのに)

***

なぎささんの後ろにつくと、つばめさんは首を傾げているところだった。ゲームの画面を見ると…

すごく、綺麗だった。

わたしは、ゲームは小学生のときにすこし遊んだくらい。だから、最近のゲームのことは良くわからない。

ただ、とても綺麗だと思った。画面には映る白い光の粒と、黒い?赤い?光の粒が入り乱れて、飛び散って、花火みたいだった。その下にある戦闘機?は、たぶん、敵?を次々と壊していく。その爆発音が、ぼんぼんぼん、テンポよく、平日の午後、人のまばらなゲームセンターに響いていた。

つばめさんは、どうして首をかしげたんだろう?後ろから見ている分には、とても上手そうに見えるのに。

笑顔で楽しそうにクレーンで遊ぶなぎさと、なんだか不満そうな、つばめさん。2人は、どこか違うと思った。

(つばめさんは、楽しくないのかな…?でも、なら、…どうして遊ぶんだろう?ゲームって、楽しくなるための、ものだよね…?)

つばめさんの顔を、確かめたくなった。

…だから、ゆっくりと歩いて、ゲーム機の後ろへと回り込む。

つばめさんの顔が、画面の光に照らされ、しっかりと見える。

普段の真面目な顔とはまた少し違った、真剣な表情。画面を捉える、鋭い目。

(かっこいい…)

素直に、そう思った。

すると、携帯が震えた。アプリの通知を見ると、

「ゆい、どこ?帰っちゃった?」

あ、なぎさ置きっぱなしだった。

同じ道を引き返すと、一階への下り階段を見つけて下へ降りた。

***

「二階に行ってたの?」

「うん、ちょっと…トイレにね」

なぜだかわからいけれど…なぎさに、さっきまでの事を言えなかった。

「なーんだ。みてー、今日の任務、達成でありまーす!」

ゆいは無事(?)、お目当てのプライズを取れたみたいだった。

「よかったね。で、いくら?」

なぎさに気づかれないように、さっきの事を意識の外へ追いやる。

「次のお小遣いまで、食後のプリンは我慢だぜ…」

「やっぱりねー」

そんなふうに笑いあいながら、ゲームセンターを後にした。

それから先は、いつも通り。なぎさとは降りる駅が違うから、途中でさようなら。

でも。

家までの道を歩きながら、

(つばめさんの、あの顔…。ゲームって、楽しいものじゃ、ないのかな。楽しい人って、笑顔…じゃないのかな。つばめさんは、楽しいのかな…楽しくないのかな…)

なぎさのプライズを取って喜んだ顔と、首を傾げ画面を睨みつけるような、つばめさんの鋭い眼。

(つばめさんは、どんな気持ちであのゲームを遊んでいるんだろう)

そんな思いが、心の中で、何度もこだまする。

***

「ゆい、なんか心ここにあらずって感じだね。まだ、人生ってやつに悩んでるの?」

翌日も、もちろん学校。今日も予習はしてあったから、昨日と同じように、小テストもたぶん全問正解。

「おーい!ゆいー?」

なぎさが顔を近づけてきた。

「うわっ!」

「どしたの?なんか悩み事でもある?」

「ふわっ、びっくりした。無いよ。…ちょっと今日の予定を考えてただけ」

「うわぁ、さすが優等生。まずは数学の復習から?」

「そんなんじゃないって!」

「ふふふっ、じゃ、あたし美術の課題居残りでやるから、じゃあね」

「う、うん」

(そっか、なぎさ、今日は居ないんだ…)

ふと、思いついた。

(わたしも、あのゲームを遊んでみようかな。そうしたら、…つばめさんの顔の意味も分かる…?)

***

昨日と同じように、下校途中にあるゲームセンターの前に来た。昨日と同じはずなのに、なぜだろう、昨日とは違う場所にある、違う建物に感じる…気がする。今まで、ここに来たことがない、新しい場所に初めて来たような、そんな感じ。

(この二階…)

いつもの一階のプライズコーナーの隣にある、いつもは乗らない二階へのエレベーターに、また、乗った。

昨日と同じように、店内は閑散としていた。とくに、昨日つばめさんの遊んでいたあたりは人がいない。それはそうだよね、ゲームは遊び。多くの人は、今の時間帯は、働いたり、学校に行ったりしているんだから。

(たしか、このゲーム機だったよね…)

赤い箱のゲーム機の前に座り、ゲームの画面をまじまじと見つめる。そこには、大きく「斑鳩」と書いてあった。縦書きで。

(な、なんて読むんだろう…)

とりあえず、100円玉をゲーム機に入れる。すると音が鳴った。けど、ゲームが始まる気配がない。

(何か、ボタンを押さないといけないのかな…)

いくつか適当にボタンを押してみる。するとまた音がなり、画面が切り替わった。正解みたい。

いくつか選択画面が現れたけれど、よくわからないので、とにかくボタンを押した。すると、「難易度を選択してください」という意味がわかる画面がやっと現れた。EASY、NORMAL、HARDがあるみたい。

(初めてだから、とりあえず、NORMALにしてみようかな…)

ここも、最初に選択されていたNORMALを選んだ。

画面が急に暗転して、画面に文章が現れた。

(「我生きず…」…えーと、なに?)

すると文章はすぐに消え、気が付くと画面は光に包まれていた。

すると、その光の中から戦闘機?が現れた。昨日、つばめさんが操作していたのと同じだ。きっと、これを動かして遊ぶんだと思う。

レバーを左右に入れると、戦闘機も左右に動いた。やっぱりそうみたい。

画面の上のほうから、白い敵のようなものが現れる。ボタンを押すと光のミサイル?が打てた、当ててみる。

(えっ、えっ、攻撃が…)

倒したはずの敵から、さっき自分が撃ったミサイルと同じ色の、青白い光の粒子があふれ出てきた。これは…攻撃だよね…?

当たらないように、なんとか逃げようとしたけど、当たってしま…

(あれ、当たったけど、とくに何もない…?)

光の弾に当たったのに、戦闘機は爆発しなかった。

次にすぐ、黒い敵が横に並んで現れる。さっきと同じように攻撃を放ち、倒していく。

(今度も敵から攻撃が…あれ、でない?)

よくわからない。白い敵だけが、攻撃を出すのかな。でも、べつに当たっても大丈夫みたいだけど…。

そうこうして敵をどんどん倒していくと、レバーを動かしても戦闘機を動かせなくなった。戦闘機はこちらに後ろ(おしり?)を向けながらズームしてくると、左から黒い帯が現れ、

(「理想」…?)

他にも色々書いてあったけれど、読み取れたのはそれだけ。

ズキューン。

加速?する音とともに戦闘機が再び遠のいていき、また操作できるようになった。

すぐにまたいくつか白い敵が現れ、こちらに向かってくる。同じように、弾を当てて倒そうとするけど、…なかなか倒せない。

「うわっ」

倒しきれなかった敵にぶつかって、戦闘機は爆発した。すぐに、下から新しい戦闘機が出てくる。

(敵にぶつかってはいけないゲーム、なのかな)

次に、黒い敵がさっきの白い敵と同じように、こちらに向かって飛んでくる。この敵は、すぐに倒せた。

さらに進んでいくと、さっきと違って、白い敵と黒い敵は画面の上で止まり、

(あっ、今度は、黒い弾だ…えっ、白も!?)

白い弾と黒い弾が飛んできた。黒い敵も、弾を出すんだ。そうだよね、昨日つばめさんが見たときは、白い弾と黒い弾がたくさん飛んでたもの。あれはやっぱり、攻撃してくる弾だったんだ。

黒い弾は逃げないとダメなのかな。だって、なんだか黒と赤で禍々しいし…。白い弾はあたっても大丈夫だったしね。

よく分からないから、とにかく逃げまわる。

しばらくすると、黒い敵と白い敵が入り混じってこちらに突進してくる。白い弾と黒い弾も同時にこっちに飛んできて、あたまがこんがらがる。

気が付くと、何が原因かはわからないまま、戦闘機はまた爆発した。

また、新しい戦闘機が下から現れる。今まで空だった背景が森に変わり、白い敵と黒い敵が隊列を組んで現れ、今度は左右に入れ替わりながら、弾をこちらに飛ばしてくる。うーんっ、忙しい!

黒くて赤い弾には念のため注意して、すべての敵を撃った。

すると今度はすこし大きな敵?がやっぱり白と黒、2つ現れ、円状に白い弾と黒い弾をたくさん飛ばしてくる。

(うわっ、うわっ、えーっと、えーっと…)

すると、突然戦闘機が黒くなった。

(えっ?)

そしてまた何かの理由で、戦闘機は爆発した。

また新しい戦闘機が出てくるのかと思ったら、ゲームはぴたっと止まって、

「CONTINUE?」

そう聞かれた。ボタンを適当に押してみたけれど、とくに続けることはできず、

「GAME OVER」

と出てきて、そのまま画面は暗くなっていく…。

しばらくすると、最初の「斑鳩」という画面に戻っていた。

うーん。

何はともあれ、とにかく、わたしは失敗した、らしい。

(…あっというま、だったなぁ…)

つばめさんの気持ちは、全然つかめなかった…と思う。

わたしはぼんやりしながら、そのまま駅に向い、気がつくと目の前に家があった。

その日は、なぜだか不思議と、数学の予習はいつもよりすんなり出来た気がする。あのゲームのことばかり考えていて、あんまり覚えてないだけ、かもしれないけれど。

***

寝て起きれば、次の日がやってくる。今日は日直だ。日誌を取りにいくために、登校したらまずは職員室へ行かなくちゃ。

ぼんやりしながら上履きに履き替え、二階にある職員室へ向かっていると…。

「あっ、つばめさん」

「はい…?」

不意を打たれたような、つばめさんの顔。

ああ、ああああ、まずい、まずいよ。なんでわたし、階段をたまたま降りてきただけのつばめさんに、話しかけちゃってんの!?

つばめさんは、わたしの事なんか、知らないんだよ!?!?!?!?!

ええと、ええと、

「どうか、しましたか?」

首を傾げ、笑顔で答えてくれるつばめさん。うんうん、こりゃみんなからの信頼も厚いはずだよ…。

って、そうじゃなくて!どう答えるかって話!

「あ…ええと…その…すいません、見かけた勢いで話掛けてしまったのですが、ちょっと整理しきれていなくて…また後でお話します。…ごめんなさい」

最後の方になるにつれて、どんどんと小さくなっていく声。

で、でも、な、なんとかごまかせたかな…?

「そう?大事なことなら、整理しきれてなくても相談に…」

「ぜ、全然大丈夫です。重要でもないですし、急ぎとかでもないので!」

「そう?わかったわ。無理はしないでね。急な時は、生徒会の他のメンバーに伝えてくれれば、わたしの携帯にもすぐに届くわ」

心配して、丁重にフォローまでしてくれるつばめさん。

やっ、やっさしい~~~~~~!

つばめさん、やっさしいい~~~~~!

一部ではつばめさんファンクラブ(?)みたいなのが出来上がってるみたいだけれど、その理由がなんとなく分かった気がする。

つばめさんは、綺麗な長い髪を揺らしながら、姿を後にする。

…はぁ。

ただ勉強を毎日こなしてるだけの、わたしとは大違い。

つばめさんの後ろ姿をみながら、わたしはそんなことを思った。

あれ…なんだか手が震えてる。わたし、本当になさけないなぁ。

いやいや…そんなことより、日直の仕事をしないと。

なんとか気持ちを切り替えて、わたしは職員室へと向かった。

***

「それでは、今日のホームルームを終わります。さようなら」

「「「さようなら」」」

「ゆいの帰りのホームルームは、いつもデンジャラスだね~」

日直としてホームルームの号令を終えると、なぎさがさっそくやってきた。

「どこが!」

そういいながら、かばんを背負い、一緒に帰路へと向かう。

「『はい皆さん、今日も予習と復習は欠かさず行いましょう。勉強こそが学生の本分!』って突然、台本にないこと言いそうなとこ!」

「言わないって!そもそも、ホームルームに、台本なんかないし!」

なぎさに今日もちゃちゃを入れられながらの、いつもの下校道。

今日はなぎさが言い出さないから、ゲームセンターには行かない。いつも新しいプライズがあるわけじゃあない。

でも、どうしても、わたしはゲームセンターが気になる。

なぎさに悟られないように、ゲームセンターの横を通った瞬間、ちらりと見る。

(あっ、なぎささん…)

今日はなぎささん、ゲームセンターに行くんだ。あのゲーム、するのかな。

とても…気になったけれど、…でも、…なぎさには何て言えば?

そうしてわたしは。

「では、なぎさくんの今日の予習と復習の予定はどうなっているのかね?」

「まったく無いであります、ゆい先生!」

「だめじゃん!」

「「はははは!」」

勇気が出せなくて。

そのまま、家に帰った。

***

(やっぱり、ゲームセンターに、行けば良かった…かな…)

お風呂に入りながら、わたしは後悔していた。

(だめだ、わたし…やっぱり、だめだ…)

なぜだめなのかも、よくわからないけど、このままじゃ、だめだと思った。

***

それでも予習復習を終えて、明日の荷物の準備も終えたわたし。

…うん、ちょっとは褒めて、あげようかなぁ。

腕をあげて大きくあくびをすると、わたしは二階の自分の部屋から、一階のリビングへと降りて行った。

リビングでは、父がテレビドラマを見ていた。父は家に居るとき、いつもテレビを見ている。たぶん、好きなんだろうと思う。わたしはなんとなく、後ろにある椅子からテレビをぼんやりと眺めることにした。

わたしの家には、あまり会話はない。変だとか、仲良くないとかって言われるかもしれないけれど、わたしにとってはそれが楽だった。

ドラマがどんな話かは、もちろん突然見始めたばかりだから分からなかったけど、セリフが耳に入った。

「…うん、でも、方針もないし…」

「そんなの、これから作ればいいんだ」

(…「作る」、か…)

わたしは、わたしのこの悔しさに、何かができそうな気がした。